森とKOCOMATSU

「森のささやき」のステージ写真はラブフルート日記に掲載しましたが、その空間の豊かさは格別で、自分がそのまま山猿になって住み着いてしまいたいような雰囲気でした。そこで笛さえ吹いていれば、必要な食べ物も着るものも、なんでも必要かつ十分に満たされることを疑わずに済む。そんな気分でした。

 きっと野の鳥や小動物や虫たちと程よい関係を持ちながら、自分が老いている事も忘れ、気がついたらこの世とあの世を自由に行き来している不思議な存在になっているのかもしれない...。

 そもそも、色んな動物や虫や花たちが存在している事そのものが不思議だし、面白いし、毎日見ていても何かしら新しい発見があるんだろうと思うのです。ゆっくり時間をかけて、リスや鳥たちと会話するかも知れないし...。

 多分彼らとの間では、言葉を使っても通じないような気がします。敢えて言葉にせず、心に思い浮かべるだけで、すーっと繋がれるような気がします。木々や草花も、自分が生きていくために十分すぎるメッセージを届けてくれる気がします。

 謎の仙人や知恵者が現れなくても、地を蠢く蟻たちが、生きる知恵を届けてくれるのだと思います。よくも休まず動き続け、協力し合い、適材適所に穴を掘り、生き延びて子孫を残していくものです。それから見ると、人間は賢そうに見えてるし、立派なことを口にするけれど、一握りの蟻よりもまとまりがなく、気がつけば孤立したまま人生を終わってしまうことも少なくありません。

 この森のささやきの空間とKOCOMATSUは一対になってるのかもしれないな~と感じることがあります。目と鼻の先で小鳥やリスがやってくる。その姿は、様々な情報手段によってもたらされる知識や価値観とは違った次元のメッセージを携えているのだと思います。

 KOCOMATSUには、トドマツの柱と火山灰の土壁、そしてステンドグラスしかりありません。ただ、外から差し込む光が小さなステンドグラスから差し込み、床や壁に光が浮かび上がるだけです。それなのに太陽も月も星も川も海も野山も花々も満ちている..。何もないのに..いえ、何もないからこそ、心が出会ってきた様々なものが浮かび上がってくるような空間です。

 それは、多分それぞれの心が持っている豊かな世界が、自然と浮かび上がってくる、ちょっと不思議な空間なのでしょう。実際に触れられる自然そのものの空間と心の世界に満ちている自然の世界。その全体が一つになると、とてもバランスが良いのだと思います。

 野山に居てKOCOMATUSUを思い描き、KOCOMATSUに居て野山を思う。その時、自分の心が自由に浮かび上がる様子を見つけるのかもしれません。

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by ravenono | 2010-09-07 00:47 | KOCOMATSU
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