カテゴリ:響きあう( 16 )

トンコリ村 IN KOCOMATSU

KOCOMATSUにはトンコリが並んでいる。誰でも弾いてみることができる。5弦の素朴な響き、フレットはなく調弦した5本の弦を爪弾く。

この3月6日、二風谷と長沼のトンコリ作家さんたちを交えて、気ままにトンコリの響きを楽しむことになった。午前11時〜ゆるゆると集まる。

素朴な響きは、単調な印象もあるが、よくよく耳を澄ませ、響きに委ねていると不思議な安らぎに包まれる。KOCOMATSUは生音で十分響くので、トンコリのような音量の小さな楽器が似合う。

数年前にトンコリと響きあえる音階のラブフルートを吹き始めている。また、トンコリに合わせた曲も書き溜めている。風土から生まれた響きの魅力を感じる時間になるかもしれない。

個人的には伝統に沿うことを考えるというより、個の内面と繋がる響きで調弦して弾いている。それで十分楽しく過ごせる。

今回の集いから、何か新しい芽が出るかも知れない。楽しみな時間が待っている春はちょっと楽しみだ。

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by ravenono | 2016-02-25 02:30 | 響きあう

呼吸の音 楽しく過ごしました

 呼吸の音 IN KOCOMATSUはすがすがしい光の中で緩やかに開かれました。

タブラ、ハーモニウム、オートハープ、声で始まり。呼吸と声のヨガ。ウッドベースとタブラ、ウッドベースとラブフルート、タブラとラブフルート、インディアンドラムと個々の演奏、全員でドラムなどなど...大満足の3時間でした。

 半数以上の方が、ライブ後も留まり、楽しげに交流。
「天の紅茶」を飲みながら、タブラ体験、声の体験など自然発生的に始まりました。

 先輩と後輩。先生と生徒。知人の知人。いろいろなパターンで、それぞれが繋がっていました。

 小さなスペースでまあるくなりながらの談笑はKOCOMATSUならではの雰囲気でした。

 前々日のクリスタルボウルの時間も良い感じで流れていました。

 これからも、小さくていい感じの空間を楽しみたい方々との出会いを楽しみにしています。

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この写真は、演奏会後のタブラ体験と声のワークのショットです。

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スペシャルゲスト演奏で参加くださった田中久雄さんのスナップです。
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by ravenono | 2013-06-05 11:15 | 響きあう

ラブフルート吹き初めの歩み・2013

  書き初めをしなくなって随分になります。真っ白な半紙に筆にたっぷり墨を付けて文字を書く。この慣習が、一年の始まりにちょっと気持ちを整え、背筋を伸ばして、さあ前に進もうという気分にさせてくれたものです。筆文字はまだ生活の中から完全撤退してはいないと思いますが、かなり墨と半紙の機会は少なくなったような気がします。

 今では、年末や年始の挨拶をネットを使ってキーボードやタッチパネルで素早く済ませる人も増えて来ました。そんな中で、書き初めならぬ吹き初めを始めたのは石狩当別の学校跡でした。新雪がきらきらと輝く美しい世界は今でも鮮明に記憶しています。

 それからやや過ぎて、今度は札幌の旭山記念公園にある素敵な山小屋で、マキストーブを囲み、談笑を楽しみました。とても見晴らしの良い場所でした。思い思いにラブフルートを手に外で吹き交わしている人もおられました。顔を合わせ、安否を確かめ、次の道へ繋がる心地よい時間を過ごしました。

 ただ、山小屋までは足元が危うく、急斜面の雪道は荷物の持ち運びを含めて、やや厳しい面もありました。そこで、次回は会場を替えて地元恵庭市島松のJR駅前にある夢創館になりました。JR島松駅徒歩1分。駐車場完備で来場者の負担は少なくなりました。初回は、メディアのちょっとした勘違いもあって新聞に掲載され、80名近い来場者で随分と賑やかな吹き初めになりました。

 勿論、数集めが目的ではなく、当然収益が目的でもありませんから、次の会からはメディアを遠慮して開きました。好きな時間に、気ままに、次々と現れては交流を楽しみ、思い思いに帰っていく様子は楽しいものです。誰かが帰ったな~。ちょっと寂しくなったな...と思っていると、ふと誰かがやって来る。この微妙な流れが、ちょっとしたびっくりや、なつかしさや、嬉しさになります。

 格別に催し物を用意してはいませんが、毎回何かしら予期せぬ事が起こって、結構楽しめます。午前中から最後まで、ずっといて準備や後片付けをしてくださる方もおられます。はてさて、今年はどうなることでしょう!

 企画らしいと言えば、今回は琵琶の弾き語りをお願いしています。まあ、音楽仲間のよしみで声を掛けさせていただきましたが、「やるよ~」と返事が返って来ました。毎年太極拳で楽しませてくださるHさんは年末に転倒し、手の骨を骨折したばかりで今回は残念なことになりました。

 その他にも、来られなくなりましたという連絡が届いていますが、来られなくても元気でいれば良し、来られればそれもまた良し。それぞれの与えられた場所で、それなりにいい感じでスタートが切れれば十分です。

 決めごとではないけれど、持ち寄りというオマケは、楽しみを分かち合うアイテムとして思い付いたのですが、これがちょっとした料理の知恵の情報交換になっています。これに加えて、思いがけない、それぞれがお正月スペシャルで持ち込む個性的アイデアから生まれたサプライズプランもなかなか楽しいものです。

 さすがにKOCOMATSUは、吹き初めには狭すぎますが、それぞれのアイデアでスペースの個性を生かしたプランが生まれてくるのも楽しみです。レインボーストーブも2台用意して、試してみましたが、やはり2台で正解でした!

 明日に控えた「吹き初め」の最終案内です。

会場・島松「夢創館」(JR千歳線・普通列車で島松駅下車徒歩1分)お車の方は駐車場完備しています
会費・1000円+持ち寄り/参加者制約一切ありません。
時間・午前10時(9時半からいます!)~午後9時半(10時までいます)
連絡先・ブルーレイバンクリエーション 0123-36-8881/090-8906-9916
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by ravenono | 2013-01-04 22:09 | 響きあう

ミズカンリンバ&ラブフルートコンサート

   KOCOMATSUという空間がある事が当たり前のようになり、いろんな方が扉を開け声を交わしてくださるようになりました。

  小さな空間だけれど、セミナーを開いたり、コンサートがあったり、座談会や交流の場になったり、レッスンやワークショップや小さな展示会が開かれたりしています。

  個人的に絵を描いたり、本を読んだり、お茶を飲んだり、さりげないお話をして過ごす方もおられます。

  感謝の気持ちを受け取って支えられて来たKOCOMATSUはこれからどんな場を生み出してくれるのでしょう。

  東北大震災直後に開かれた集いから一年と少し時間が流れ、一連の報道が震災一辺倒から福島原発、さらに原発再稼働へと移行し、政治と経済中心の発想から抜け出せない現実を目の当たりにしています。

 命優先は建前で、経済優先が当然とされるのは今に始まったことではないでしょう。自分自身が命そのものでありながら、自分自身が危機に直面するまで何が大切か見えて来ないのでしょう。

 何をどう訴えて見ても、相手の声が心に届かない生き方。それより自分の側の理念や価値観が優先されてしまう。これは一対一の個人的関係にも通じる現象です。どうしてこんなにも気持ちが通じないのだろうという状況は至る所にあるような気がします。

  命を失うことが目に見えていても、戦争に向かわざるを得ない理由がある。大義のために命を失ってもいた仕方ないという奇妙な価値観はどこにでもあるような気がします。

 そんな人間の未熟さが、呆れるほど長く歴史や社会を支配していますが、そんな中でも淡々と何が大切なのかを明確にし、誠実に命を使おうとしている人がいることもまた確かです。

  この22日の夕方に、KOCOMATSUでミズカンリンバコンサートが開かれます。命や水の大切さをメッセージとして届けておられる丸山祐一郎夫妻が立ち寄られることになりました。

  以前から僕もコンサートで使ってきたミズカンリンバの生みの親がやってくることになりました。もし、集われる方がおられれば一緒に過ごせるといいですねという楽な感じのコンサートです。僕もラブフルートを吹いてお二人の中に加えていただこうかなと思っています。

  ブルーレイバンの演奏の中に「水をください」という曲があって、屋久杉の小さなフルートで演奏しています。このテーマは透明で純粋な水を求める心と透明で純粋な水を届けようとする心の出会いです。

 今回はそれぞれの旅の中で伝えてきたメッセージが小さなKOCOMATSUで出会う大切なコンサートになりそうです。それぞれの支援活動の報告や今後のこと、とりわけ子供達のことをテーマに、コンサート後の時間が流れそうです。
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by ravenono | 2012-06-19 11:33 | 響きあう

琵琶の語り部

  奢るる者は永からず…栄えるものは、必ずや衰退する。この言葉を琵琶の音と共に受け取る時、静かに深く、これまで感じたことのない感覚の中にいる自分に気付かされます。

  夜のKOCOMATSUは、中心の光と取り囲む八つの光の中で琵琶の音に包まれました。揺らめくかすかな灯りと琵琶の音が静寂な夜に浮かび上がり、語られる言葉の一つ一つが心の奥深くに染み込んで来ました。

 翌日は夜とは一変して、眩い光の移ろいの中で改めて琵琶の響きを全身に感じ、爪弾く琵琶と言葉が織りなす世界を堪能しました。爪弾かれる響きにうっすらと涙が浮かんでくる不思議な時間でした。

 語りあり、お茶の時間あり、お茶菓子を頬張りながらの素朴な交流を交えた演奏会。はなさき山の物語は、琵琶と共に語られることで一味も二味も豊かで深く心に刻まれました。竹製のラブフルートとの競演も古くて新しい新鮮な世界を見せてくれました。

  今度は童話や絵本の世界と琵琶の音が一つになる世界をやりましょうということになりました。プランができましたらお知らせしますので楽しみにお待ちください。
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by ravenono | 2012-05-21 09:34 | 響きあう

この道を歩く

  情報の波の上を巧みに乗り越える作業がとりわけ放射能問題に向けられると、そのつもりはなくても、思考も意識も感情も多くの勘違いを起こすかもしれません。

 原発事故直後のチェルノブイリ&福島原発 In KOCOMATSUセミナーは、放射能汚染の問題に具体的取り組むために企画しました。あれから1年以上過ぎました。その時、初めてガイガーカウンターに触れ、チェルノブイリの子供達を取り囲む現状についてはっきりと向き合いました。除染の事も、いざ事故になった時にどう対処すれば良いのか。簡易的ではあるけれど全身を汚染から守るための服装、マスク、汚染したものの処理など目の前で見る事ができました。

 こういう事は、原発を各地に持っている国では当然のように取り組み、備えている必要があるのだと思います。それは原発の有無に関する価値観や論議とは別の問題かと思います。推進派も反対派も、汚染された空気を吸い込みながら叫んでも、命の危険を回避できるわけではありません。まず、命を維持すること。そこから次のステップに向かう。

 僕はこの基本的なスタンスを、これから命を育む妊婦や幼児たちに向けて行動する事が大切だと感じて来ました。そのために全力を尽くす。この単純な事が、なかなか実践されないのは不思議な事です。

 心ある人たちは、少なからず寄付金や義援金を差し出したことでしょう。果たして、その巨額の資金はどうなったのか?差し出したお金の使い道には全く関わる事ができない仕組み。目の前で幼子を抱えて困惑している若い母親たちが必要としていることに、いまだ具体的な助けが届かない。こうした矛盾に関して、長い沈黙が続いています。

 この3月に福島に向かって、直接現地の状況に触れ、対話をしながら感じたこと。そこにはメディアが伝える情報とは違う風が吹いていました。僕にできる事は、そこで感じた具体的な必要のために黙々と歩き続けることです。

 僕の言葉や思いの横をただ通り過ぎて行く人が多いのかもしれません。ああ、あの人はそんなことをやっているんだと知るだけで、具体的な一歩につながらない事も多いのでしょう。

 ですが、逆に思いや言葉が風に運ばれて思わぬところから助けの手が伸ばされる事もあるのだと思います。前回は9人の木工作家を含めて60数名の方々が手を貸してくださいました。

 一度目は意識が集中するけれど、二度目は流れが滞りがちになる支援の輪ですが、活動は継続しています。その土台は、声を交わし、顔を合わせ、理解し合える関係の中で継続する事です。それを前提に、「タングロン支援基金」という口座を作りました。

  今は子供達が楽しめる様にと準備されているスマートボール、ミズカンリンバ、お手玉たちが生まれ始めています。新しい輪が繋がり、お手玉の作り方を教える人、縫う人、中身の豆をくださる方、缶を集める方、水をいれる方、繋いで接着してくださる方、綺麗に紙で包む方などなど。有機野菜や無農薬食品を宅配しておられる「むつみ屋」さんから野菜を配達してもらった時に、相馬保育園のお話をしましたら、自分もできる事をさせてくださいと言ってくださいました。そして、間もなく大量のタマネギを送ってくださいました。園長さんから電話があり、あまりたくさんだったので、子供達みんなで八百屋さんごっこをして、お家に持って帰って貰いました。そうしたら、タマネギ嫌いの子供がお家で美味しく食べたんですよ〜と嬉しそうにお話ししてくださいました。



 
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by ravenono | 2012-04-22 12:06 | 響きあう

旅の杖

今年前半のリズムはかなり変則的で、振り返ると、あまり動けなかったな~と感じています。人生全体の流れをゆっくり見れば、こういうときもあるなと云ったところです。

 何よりも気になるのは、ラブフルートの製作状況なのですが、ようやく流れ始めました。それは、KOCOMATSUでの試し吹きの動きと連動しています。本体の最終仕上げの前に、大切なチューニングの工程があります。この作業が終わると、KOCOMATSUで実際に吹いて、最終確認をするのです。

 チューニング作業は、計算したとおりに、決められた位置に決められたサイズの穴を開けて終わるように思われることも多いのですが、実際は全く違います。その訳は、規格品を作らないからです。

 一本一本が、全くのオリジナルのフルートとして旅立つようにと考えているのです。材料の切り出しから、全体の厚み、長さなど、木と出会った感覚で流れて行きます。本体の長さや厚み、全体のバランスが少し変化しただけでも、全く違った響きが生まれて来ます。

 いつも新鮮で真剣な取り組みになることが大切だと考えているのです。これはとても不合理で、時間のかかる方法です。最終的に纏まらずに作り直しになることもあります。サッサと作って、どんどん手渡せばいいのかもしれませんが..。

 ですが合理的に作られたラブフルートは、明らかに自分が作ろうとしているものとは違うのです。あるサイトでは、数本をずらっと並べて、こんなに効率良く作れますよという機械まで紹介され販売されていました。ちょっとビックリですが、アメリカでは合理性が前提ですから、手作りをされている製作家は限られています。

 一人の命の豊かさと尊さ、それを確かめ、その旅路の杖としてお渡しするラブフルート。その思いが言葉だけではなく、確かにそうなのだという小さな印の一つとして生まれてくる笛。その音色と響きを確かめるためにKOCOMATSUに足を踏み入れる瞬間は、独特の緊張感と充足感が生まれます。手にした方が、どんな風に息を注ぎ、どんな響きが生まれるか、それもまた楽しみであり、喜びにもなります。

 最終段階の乾燥をし、蜜蝋で仕上げるため待っているラブフルートが6本。工房で数段階の研磨作業の繰り返しを待っているラブフルートが8本。新しい旅人たちとの出会いに備えています。彼らは、この7月いっぱいでKOCOMATSUでの最終工程を経て旅立つことになります。
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by ravenono | 2011-07-02 12:53 | 響きあう

三味線たっぷり

 KOCOMATSUで三味線の響きがたっぷりの時間が終わりました。多彩な三味線の響きを十分に感じるライブとなりました。天候を心配していましたが、それも何とかなりました。

 ほんとに繊細な響きが良~く聴こえてくる空間だと、改めて感じる時間でした。シンプルに、じっくりたっぷりというスタイルはこれからも大切にしたいと思っています。

 随分前のことですが、20人ほどの仲間で海でキャンプをしたのですが、この時のメンバーの希望はウニをたっぷり食べたいというものでした。じゃあ、もう当分ウニは見たくないというぐらいたっぷり食べようと計画しました。

 浜の下調べに出かけ、漁師さんと掛け合い、一人でウニ丼3杯は食べられるくらいの準備をしてもらいました。ウニ丼、ウニいり焼うどん、焼きウニ、スープ、刺身。勿論、この他にも魚貝類や肉類もありましたが、さすがにもうウニは食べられないところまでになりました。一夜の出来事ですが、多分死ぬまで忘れない体験のひとつだと思います。

 今回の三味線ライブ。集われた方々にとって、かなり印象に残る体験になったかと思います。その体験を思い出すだけで、元気や喜びが湧いてくるようになれば嬉しいです。

 音の響きがどれほど直接的に心に影響を与えるものなのか、再確認する時間でもありました。遠方からの来客、大きな拍手が、演奏者の次の元気に繋がるのだと思います。

 多分、今年最後のKOCOMATSUイベントだと思います。また、新しい動きになるだろうKOCOMATSUをご一緒に楽しみつつ生かしていければ幸いです。
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by ravenono | 2010-12-07 12:55 | 響きあう

三味線の響き

 2010年12月4日の午後2時からと7時からの2回。KOCOMATSUで三味線の演奏会が開かれます。演奏会のきっかけは、生の三味線の響きに反応する不思議な感覚から始まりました。

 三味線のイメージが先にあって、メディアからの情報があって、そこで止まっていたのだけれど、実際の響きに触れてみて自分の中の何かが繋がる感覚。それまでに三味線に触れていなかったわけではないけれど、心にその響きが届くのには時があるのだと思います。三味線と合わせてラブフルートを吹いたのは、亡くなられたTさんとの演奏が初めてでした。今回の三味線演奏者とは二人目になります。

 三味線の響きが、KOCOMATSUの空間で広がる。それを演奏者も喜び、聴衆も存分に感じることが出来る。それぞれの思いが合わさって、今回のライブが計画されました。これまでには、他の楽器との組み合わせで聴こえて来た三味線を、それだけで純粋に感じ取りたい。その思いが実践されることになりました。

 これまでに何度か、一緒のステージに立たせていただいてきた草舞弦のS氏は、太棹の津軽三味線を演奏されますが、激しさや力強さだけではなく、繊細な味わいが好きだと話しておられました。ゆったりのんびり流れてくる三味線の響きを味わってほしい。ただ、それだけの思いで、これまでにも出来る限り皆さんに感じてもらいたいと企画してきました。

 フルート吹きが三味線を伝えたいと思うのは何故なのか、この機会に自問してみました。どうやらあの響きは日本の風土に染み込んでいる、もしくはあの響きは日本の風土から生まれて来たのだなという気持ちが湧いてくるのです。さらに言えば、どうしようもなく自分たちが生かされている大地と一つなのだという感覚がしてきます。

 どんどん複雑で大掛かりな楽器に向う流れの代表はピアノやパイプオルガンでしょうか..。三味線や尺八という素朴な楽器の流れ。それは一見単純でスケール感の乏しい音楽のようですが、実際はどうなのでしょう。

 そのあたりを実際に感じてもらうひとつのきっかけになるかもしれないと思っています。一人の人間が手にする楽器。その関わり方を客観的に見てみると、ちょっと不思議で面白い。楽器と密接につながっている人が、楽器をなくしたらどうなるのかな...と思ったりもします。

 寒さが増してきたこの時期、まあるくなってゆっくりと三味線の響きに浸るのも良さそうです。お時間が取れそうな方は、どうぞお出かけください。流れによってはラブフルートとのコラボもあるかもしれません。
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by ravenono | 2010-11-18 10:05 | 響きあう

木の笛たちが響きあう

 KOCOMATSUに新たな輪が生まれたディジュライブ。ちいさな八面体のスペースが浮かび上がらせてくれた響きの世界。昼はステンドの光と混じり合い、夜はキャンドルの光で浮かび上がる響きと混じり合う世界。

 昼の世界と夜の世界のコントラストを改めて感じる時間になりました。この日のライブのために何度か集まった演奏者たちは、この日の瞬間の中にこれまで育まれてきたディジュへの思いを出しきっているようでした。

 お互いに刺激し合い、学び合い、新しいステップを踏み出す機会にもなったように感じました。車座になるライブには、不思議な一体感が生まれます。だれもが、輪の中心に向かって会話し、誰もが中心であり、輪の一部である。あたかも自分が吹いているような錯覚に陥る...。

 演奏者なのか聴衆なのか...。その違いが消え去る。それが、一人ではなく、二人でもない、三人の奏者が一つの場で響き合うことの豊かさではないか。そんな思いが、今回のライブへの思いでしたが、それは確かに現実になったように思います。

 与えることも受け取ることも、一つのことなのだという命の原点。それを言葉ではなく、そのことそのものとして感じる。命の喜びがどこにあるのか...それを密かに感じる。音の響きが本来持っているものは、小鳥たちの囀り、獣たちの声、風が届ける森の秘密、水の流れ、寄せては返す波からのメッセージの中にあるのでしょう。それをディジュの素朴な響きが知らせてくれるのだと思います。

 ラブフルートもまた、私たちを取り囲む自然の歌い手たちから知らされる.....。「愛の笛・Love Flute」が伝えています。そのメッセージを小さなスペースの中で受け取り、それぞれの場に旅立っていく。この世界のみんなが繋がっている。小さな人間の自負心で世界を狭めるのは愚かなことだと野の鳥や獣たちは歌っています。

 疲れた時、弱った時。喜びの時、感謝があふれた時。KOCOMATSUを訪れるのもよし、そっとその空間を思い起こすのもよし。

 それぞれの命が大地と繋がり、空に繋がる。そのターミナルポイントの一つKOCOMATSUにやってきた3人のディジュ奏者たちは、それぞれを待っている場に出向いて行くのだと思います。

 ディジュ、ラブフルート、三味線、ドラム、歌声.....。楽しい時間でした。みんなで輪になって、アボリジニの歌を聴き、「ウッ!ウッ!ウッ!」と声を出す時、不思議な力がやってきます。現地語で「進む・歩く」という意味を持つのだとか。単純素朴に、誰もが加われる「ウッ!」を、集われた皆さんが、きっとどこかで思い出し、元気をもらえるかもしれません。密かに「ウッ!」で繋がってると思うと、どことなく楽しくなってきます。

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          夕暮れの空に浮かび上がったウサギ
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by ravenono | 2010-10-25 12:51 | 響きあう