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ラブフルート4S(ssss)

  降り積もる雪。埋もれるKOCOMATSU。連日の積雪で静けさが増しています。差し込む光とステンドの輝きが床や壁に映るとき、それは雪に浄化されるのか、殊更美しく感じられます。

 除雪作業をしなければならないと思いつつも、このまま光に包まれて静かに地上を離れてもいいなと思ったりもします。

 冷たくなったKOCOMATSUは、暖かくなるまでに2時間程ストーブを焚かなければなりません。一人の来訪者の為に、数時間かけて火を灯す。
こられた方の心が温まるまでに数時間を過ごす。

 その繰り返しの中に密かな始まりがあり、終わりがあります。昨年末に盗まれたフルートの中に、シウリザクラを彫刻刀で丹念に削って仕上げた18cmほどの片手で吹くラブフルートがありました。

 4穴のおチビさんでしたが、その響きに心を動かす方が随分おられました。その子の代わりになるフルートをいつか作らなければと思ってきました。

 クリスマスライブに合わせて、ミズナラの埋もれ木に高田の松のバードを付け、長さ16cmで3穴のラブフルートを作りました。

 たった3穴ですから、できる事は限られています。ただ、ポケットにいれていても、忘れてしまう程コンパクトですから、何となく一緒に連れて行きたくなります。

 不思議なもので、たいしたことは出来ないけれど、なぜか吹きたくなったり、連れて歩きたくなります。

 これはKOCOMATSUと似ています。小さいし、たいしたことは出来ないけれど、気になる。何もやっていなくてもいい、何かやっていてもいい。

 これから除雪作業数時間。その後は工房作業。もし作業が順調に進んだら、今年新たに生まれたフルートたちをゆっくり吹いて過ごしたいと思っています。
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by ravenono | 2011-12-27 12:13 | KOCOMATSU

70k+集められた米一合たち

KOCOMATSUに60kのお米と10kのもち米が届きました。福島県の相馬保育園の懸命な取り組みの事を、先日のkOCOMATSUでのライブの時に少しだけお伝えしました。そのお話の直後にある方からカンパ金を手渡されました。それは、タングロン基金のほうに使わせていただきました。

 その数日後、メールが入り相馬保育園にお米を一俵届けたいと連絡が入りました。そのお話を受けて汚染のない食べ物を子供たちに食べさせたいと懸命に取り組んでいる園長さんと電話でお話ししました。

 園長さんからお手紙や活動のリーフが届きました。震災直後から、汚染されたものを子供たちに食べさせないという姿勢で、水も食料も遠方から取り寄せて使っているとのことでした。おやつに渡したメロンパンを食べない子がいたので、声をかけると、お家に持って帰って家族で分けて食べたいと話したとのことでした。

 155名の園児とその家族、一体になって外では遊ばせず、飲食物に細心の注意を払って毎日を過ごしておられるとのことでした。園長さんご自身、津波で家を失いながらひたむきな取り組みをされておられました。

 電話口から聞こえてくる言葉の数々から、メディアでは知ることのできない現実の厳しさとひたむきな姿勢がひしひしと伝わってきました。

 いまは届けられたお米を送るための送料をどう捻出しようか考えています。理解者、協力者、その連携がなければ、思いが実を結んで、感謝と喜びを分かち合う事が難しいことを痛感します。金銭を寄付することも必要ですが、そのお金が必ずしも生かされず、地道に取り組み、おとなしくしている人には届かない現実が色んな形で伝わってきます。

 災害当初は、物資も随分集められ、具体的に動いて届ける方々もおられましたが、今はあちこちに善意や援助の物資が取り残され、具体的な見通しもついていないと耳にしています。

 プレゼントが行き交うクリスマス。お金の問題では無く、どこに自分の心と思いを向けるかが問われているのだと思います。

 園長さんからは、演奏活動をされておられるのでしたら、とにかく子供たちを元気づけるために来て下さいませんか?とすかさず問いかけられました。その言葉から、今何が必要なのか直感しました。食べ物の必要は当然ですが、心が弱ってきたり疲れて来ているのだと.....。

 目の前に食べ物があっても、心が弱り切ると、手を伸ばして口に運ぶ気力もなくなってしまいます。ひとときでも、色んな事から解放されて伸び伸び生き生きと過ごせる時間を与えたい。それが必要なのだと感じました。

 震災地のためにと揃えたインディアンドラムたちとラブフルートを携えて出向くタイミングを待って来ました。出向くための資金がどこからどうやって備えられるのか僕にはわからないけれど、最善を尽くそうとしている心は確かにあります。美しい景色や元気な笑顔、励ましの声を届けるための準備も始めています。

 先に集められた米一合の協力者たちのお米と合わせて、直接子供たちに届ける事ができれば園長さんの願いは一気に実現するのだと思います。

 大切なラブフルート盗難からやがて一年になろうとしていますが、様々な励ましや助けを頂いた事がどれほど心を元気づけ、切り抜けるための力になったか、いま改めて思い返しています。その感謝の心が次の歩みを続けさせてくれました。

 誰か届けてくれる人にお預けしてきた食料。彼らの懸命な働きに感謝しつつ、今度は誰かではなく自分が出かける時なのかもしれません。
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by ravenono | 2011-12-21 11:21 | KOCOMATSU

ここで待つ

 KOCOMATSUはラブフルートを手にした方々、もしくはこれからラブフルートを手にしようと思われる方を中心に作られました。その他にも、いくつかの意味を持ってはいますが、やはり言葉にはならない笛の響きを感じる事が軸になっています。それはイベントやライブというスタイルではなく、あくまでも、どこまでも個が自分自身の響きと触れ合うことが中心です。

  初めてラブフルートに触れられる方々との繋がりを生み出すということは着実に続いていますが、自分の音色や響きに耳を傾けるために訪れる方は少ないと思います。

 振り返ると、いつしかコンサートやセミナーなど人が集まる場になっているように思います。こうしたイメージが強くなると、尚更一人で自分自身の響きに触れることが少なくなっていくのかもしれません。敢えて笛を吹く為に足を運ぶ、そういう流れが生まれるのはまだまだ先のことかも知れません。

 自分自身の実質を知ることは、様々な動きや認識の原点であり土台となると思うからこその場である空間。その必要性と必然性に気付くまでには、それぞれが辿る道があるのだと思います。

 それは教えられたり促されてもピクリとも変化しないでしょう。それこそ自分自身がその必要性に気付く時まで待つ事になるでしょう。

 なぜ自分の人生にラブフルートと呼ばれる笛が待っていたのか、その深意を感じて初めて心の根元が動き始めるのかもしれません。

 何事かを待つという状態は、心の根元に何があるかを浮かび上がらせます。自我への固執や願望や欲の為に待つという状態を維持する事もできるかもしれませんが、それは結果的に心の虚無を生み出すでしょう。

 他者であれ自分自身であれ、信頼して待つことが出来るのだろうか。一時的な決意や熱意ではたどり着く事のできない心の中の要素が人生の深い問い掛けでしょう。変化し続ける人生への深い信頼を知るまで、どれだけ表層的な状況に困惑し続ける事でしょう。

 自分自身の内実が浮かび上がる笛というお話を時折します。すると、それは困る、嫌だと回避される事も少なくありません。ですが回避し続ければし続けるほど自分自身の人生を見つめる事から離れてしまいます。

 周囲が描いているイメージを維持する為ではなく、自身自身の実質と向き合う生き方が笛の響きを支えます。それは同時に自分自身の人生を深く支える心の状態とも言えるでしょう。

 KOCOMATSUの呼び名には、こんな思いも潜んでいます。楽しさや喜びや感謝の土台に辿り着く為に、この小さな空間がほんの少しだけれど役割を果たしてくれるかもしれません。
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by ravenono | 2011-12-16 00:51 | KOCOMATSU