KOCOMATSUの森・乾杯を終えて 次のステップへ

KOCOMATSUの森・タングロンで乾杯を終えて、僕の中に残っている思いを簡単に書き留めて見たいと思います。

入れ替わり立ち替わりで17名(2名は日にちを間違えて翌日に来られました!?がちゃんとお話をしました)でした。急遽来られなくなった人、予想していなかった参加者。

色んな考えが伝わって来ました。そもそもこういう集いに参加される皆さんの存在が嬉しい集いでした。真剣な時あり、笑い声いっぱいの時あり、音楽に包まれる時間あり、持ち寄りを分け合って頂いたり、タングロンで乾杯したり、ドルチェでカフェ・オ・レ頂いたりで、最終はそれなりの遅い時間になりました。

東北に関するこれまでの経緯、現在の状況の一部紹介、今後の予定などを含めてお伝えできたかと思います。ロングスパンで現状を捉えること、同時に現実をよく見ること、具体的な行動に結びつく生き方などなど…。

様々な視点から生まれる言葉の重要性を感じる時間でした。それぞれの今の思いこそ現実そのものです。命がそこに集って、思いを告げる。その思いが、震災後の状況や放射能汚染と共に存在しているのです。

それと同時に、被災地の皆さんが苦難の中で自分の命を保ち、生き抜こうとしている姿があります。当然のように、様々な考えや感情が湧き起こり、溺れそうになったり、絶望的な思いにもなることでしょう。

それは震災があろうが無かろうが、人生に待ち受けている現実の一部です。今回の報告に、崎山地区のご婦人たちが笑顔でインディアンドラムを叩きパワフルに過ごした時の写真を掲載しました。

僕はこのブログを書こうとした時に、彼女たちの姿を思い出したのです。腰が痛い、足が痛い、肩が上がらない…そう言いながら集まって来た皆さん。

愛する人を失い、慣れ親しんだ家も財産も呑み込まれ、命からがら逃げ出し、仮の家で先の見通しもなく生活されている方々。そんな皆さんを支えるために尽力しておられる方々。

その方々が、笛の音に心を寄せ、一緒にドラムを叩き、手拭いを手に踊りだし、満面の笑顔で過ごされたのです。

今頃になって、僕は涙が止まりません…。うなだれ、嘆き、引きこもり続けたり、命を絶っても不思議ではない中で、生き延び、集い、声を上げて歌い踊りだした皆さんの笑顔。ハツラツとした掛け声。

思い返せば東北での20数回のラブフルートとドラムの演奏は、人生の大きなギフトであり、勇気を分けて頂く旅でした。

何が出来るではなく、生きて出会い触れ合うことそのものが必要なのだ…僕はそんな思いで、次のステップの準備を始めています。

宮城県角田市で市民放射能測定室を設け、子供達の為に尽力しておられる池田氏をお呼びして、今現在考えていることを伝えてもらおうと計画しています。

そこでは池田氏も含めて、それぞれの思いを表現し、交流したいと思っています。
東日本大震災は僕たちそれぞれの人生の一部です。その中でどう生きてゆくのか。出会い集う命の中で、改めてそれぞれの思いを感じ、動き出す時間になればと思っています。7月18ー19日(長沼町 ポエティカ&恵庭市島松 夢創館)

企画された平松さん、集われた皆さん、集えなかったけれど心を寄せてくださった皆さんに心から感謝します。
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# by ravenono | 2014-05-29 00:52 | KOCOMATSU

KOCOMATSUの森・タングロンで乾杯

KOCOMATSUの森・タングロンで乾杯 2014年5月24日 午後1:00〜
このプランは、平松美樹さんから持ちかけられました。東北の支援活動の報告を含めて、今後のために何が出来るのか…そんな話題を通して、様々な思いを語り合おうという自由な集いです。

僕はその中で、ほんの一部分お伝えできそうなことがあれば良いかなと思っています。何よりも大切なことは、大半の方々が東日本大震災のことを話題にすることを忘れかけている現実を批判したり嘆くのではなく、一人一人が自分自身のこととして現実に向き合おうとする事だと感じています。

現地では、私たちのことを忘れずに覚えていてくださることが何よりも嬉しいと感謝の言葉を届けてくださいます。忘れずに心に留める。それは愛することの大切な印でもあると思います。困難の只中におられる方々が、少しでも安らかに眠り、喜びや慰めを見出せるように…心から思い、祈ること。

僕は何をするよりも、そうした思いをはっきりさせる事が生きて行く土台なのだと思います。そこから具体的な行動が生まれて来る…。それは思考や価値観、同情や感情でもなく、心の底から生まれて来るものだと思っています。

今回のような大きな出来事に直面しても、地にひれ伏して、天を仰ぐ指導者は見出せず、権力関係の狭間で生き延びようとする自我の叫びが弱い人々を追い詰めてしまったような気がします。

メディアという媒体が只中の人々の現状や願いを十分に伝達し、バランスの取れた情報を提供してくれたのだろうか?不都合な現実は制御され、混乱を招く危険を理由に纏められた情報は、本当に必要とすることから目をそらさせていたような気がします。

そんな現実の中で、自分の目で確かめ、直接対話し、変化し続ける状況にこまめに根気良く対応し続けることの大切さを感じます。

まずは現状の一部ではあるけれど、それを知ろうとすること。そして、自分自身の心に浮かび上がることを確かめ、伝え合うこと。この大切な接点の一つとして、今回のような動きは大切だと思います。

一人でも、そのような思いを抱いて足を運ぶ人がいるなら、そこから新しい流れが始まるのだと思います。取り分け、若い世代の中から新しい流れが始まる事を楽しみにしています。

タングロン支援基金の活動は、新たな転換点に向かって舵を切ろうとしています。その小さな可能性の一つが、KOCOMATSUの森・タングロンで乾杯だと思います。このプランに続いて、7月もしくは8月には、その拡張プランを準備中です。

さらにそこから現地に向けた活動の準備も始まります。タングロン支援基金の理解者や賛同者は、当初のような勢いはありませんが、それはごく当然のことと思います。それと同時に、地道に支えてくださる方、タングロンの購入者がおられることも事実です。

淡々と現地の子供達や必要を覚えている方々に、野菜を送り続けておられる方。コツコツと密かに支援基金を届けたり振り込んでくださる方もおられます。

若い方々の動きが少しでもあることは一つの希望の種です。僕が、平松さんの活動のことをFacebookでシェアしたとき、ただの自慢をしているだけだろうみたいな心ないコメントがありました。

自分では指一本動かさずに、批判めいた言葉に終始する存在。面白いもので、この類の人はどこにでも現れます。実態を知ることなく自分の認識を正当化する人は執拗に同じことを繰り返しながら生きようとするでしょう。むやみに噛み付きながら、決して満たされることの無い自分の空虚さに気づく事があれば良いのですが…。

そうした存在は活動の現場にも、姿を変えて現れることがあります。光と闇は交錯しながら僕たちの世界を巡って獲物を探しています。賢く黒い影を退け、光を掲げて、一人の大切な命が守られるように黙々と道を歩く。その旅を支え、あるいは共に歩く友との出会いを感謝しながら、タングロンで乾杯する日を楽しみにしています。

美樹ちゃん。数は集めなくてもいいからね…静かに自分に出来ることをじっくり続けて行こうとする人が一人でもいてくれたら嬉しいけど…思いを行動にする大切な一人がいてくれれば、十分です…

天に向かって、自分の心に示されたことを明確にし、立ち上がり、行動する。それだけです。月夜の宴から、もうすぐ一年になろうとするけれど、あの時もそうでした…

笛の音に涙を流し、ドラムの響きに踊りだし、一緒に声をあげて歌ったみなさん。元気な子供達の笑顔。その活動を理解し支えてくださったみなさん。その大切な出会いの記憶を胸に秘めて、次の道を辿るために手を添えてくださるみなさんとの歩みに感謝します。
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# by ravenono | 2014-05-09 01:48 | KOCOMATSU

ココマツ、マメマツ、デアイマツ

ここのところブログもSNSも豆づくしになっています。集中して取り組みながら食生活の基盤を軌道修正し、新しい生活を楽しめるきっかけになればと思っています。

イベント風というよりも日常の楽しみとして気軽にというスタンスでつぶやき、来れる方がおられればいいかなと思っておりました。

天候も今ひとつでしたが、体調不良で断念された方やイベントが重なった方など、日常の断片を知るきっかけにもなりました。来るつもりで来られなかった…こうした潜在参加者が次のステップに繋がって行くのでしょう。

ひとりの存在の豊かさを知り感謝する時間が何よりも嬉しい。これが土台です。
一粒の豆がどれほど豊かな実りをもたらすか、ひとりの存在がどれほど貴重で実りの種を持っているか。

それぞれの豆料理、知恵と工夫と日常を垣間見たり、発想力に感心したり。豆運びレースの意外な展開や豆アートでうかがい知る個性など、豆を囲み、豆に囲まれながらの談笑は心地良いものでした。

豆どころの十勝まで出向いたり、豆に関する本を集めて読む楽しさも味わいました。豆を通して世界の広がりを知るのも楽しいものでした。

豆は大地の宝石。個性あふれるデザインに触れていると、人間が主張し表現するものとの違いがはっきりと浮かび上がってきます。

大地に蒔かれた豆たちは、地球の運行と天候と共に密かに個性溢れるデザインをして僕たちとの出会いを待っているわけです。豆を一粒一粒眺めるほど暇じゃない?

いえいえ、自然が生み出した豆の文様が届けてくれるメッセージには、使い古したデータを並べ替える作業からは生まれることのないヒントが詰まっているように思えます。

調理の仕方は思考、価値観と密接に繋がっていますから、豆のようにある程度忍耐や根気の必要な料理では自分がよ〜く浮かび上がってきます。

また、知識や情報との関係も良く分かりました。自分が知っていること、自分のやり方がどのようにもたらされたかを辿ってみると、さほど深い根拠があるわけではないことがしばしばです。

意外と簡単にというか、有る意味安直に受け取っていることが少なくありません。これは豆に限らず、様々な事柄との関係にも見受けられるような気がします。

僕が豆のことを実行しようとした根元には、大地や空気や水が汚染されて行く被災地を中心にした一連の流れとどう向き合って行くのかをしっかりと認識し実践する必要を感じているからです。

魚や肉よりも優れた養分が溢れている豆や野菜たちを、震災や原発事故後に展開する新しいスタンスの生活で重要な役割を果たしてくれるだろうと感じているのです。

そこでは、豆が美味いという楽しみや喜び、豆はこんな風に調理すると良いんだけどなぁという情報や実践が必要になるだろうと思うのです。保存性も良く、成人病の類を予防する栄養素いっぱいの豆。

豆大好き、美味しいよ人間たちが、豆のデザインのように個性的に点在し、繁殖するのを見ること。それもまた人生の楽しみのような気がしています。

ということで、豆を楽しむ集まりは、不定期にやりたいな〜という思いとともに生まれてくればいいなと思っています。ココマツ、マメマツ、デアイマツ…。
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# by ravenono | 2014-03-23 11:52 | KOCOMATSU

豆を楽しむ IN KOCOMATSU

今年はどんな風が流れるのかなと思っているうちに、横殴りの吹雪の出番も少なくなり、明らかに春がすぐそこまで来ているんだな…と感じ始めました。

あっという間に3月がスタートを切って、静かに4月と手を繋ぎそうな気配です。そんな4月になる前に、豆を楽しむ IN KOCOMATSUのプランを思い付き、それとなく話題にしています。

僕自身、さほど豆との付き合いはありませんでしたが、それでも枝豆だとかウグイス豆、落花生、黒豆などの存在はありました。

煮豆などは、何と無く手間がかかって、その割りに上手に仕上がらない感覚があり何と無く距離感がありました。

だからこそ豆を取り入れた食生活の楽しみに取り組むことで新しい発見があるかもしれないと思うようになりました。

地元の有機栽培農家、齋藤農園との関わりが後押ししてくれましたので、まずは楽しみましょうか…ということで、やりますよ〜とつぶやき始めたわけです。

どんな事になるのかは蓋を開けて見なければわかりませんが、とにかく豆に関わることならなんでもいいからやってみようという思い付きの延長線に何人か集まれば、それなりに面白いことになりそうな気がします。

少なくとも僕自身は、集中して豆に関わることで楽しんだり発見したりしてますから、話の糸口は出来そうな気がしています。それに生産者の齋藤農園さんのお話を伺うのも面白そうです。

そこにちょっとした豆料理などが集まって美味しい時間も生まれれば、お腹も満たされて、春を待つ楽しみも分かち合えそうです。

参加費はKOCOMATSUありがとうカンパですから、気軽にお立ち寄りください。少し取り組むと意外なところに豆が顔を見せてくれるでしょう。

日時は3月の22日、午前11時くらいから始めて、持ち寄り試食会と豆談義、豆アートも出来るかもしれません、豆に関するあれこれ、小説あり絵本あり、体験談、豆料理のコツなど…豆で達者な人生をエンジョイするきっかけになれば幸いです。
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# by ravenono | 2014-03-06 02:08 | KOCOMATSU

言葉が鎮まる空間

 一年最後のKOCOMATSUはとても静かです。昼間は冬ならではの柔らかく温かい光が差し込み、この一年KOCOMATSUで出会った方々の面影を映し出してくれました。
古い小さな車庫がちょっと不思議な空間に変わってから、どれだけの方々が足を運んでくださっただろう。

  差し込むステンドグラスの光に出会い、木々のやさしい響きに包まれ、心に浮かぶ思いを言葉交わしながら過ごした皆さんとの出会いはとても幸せでした。

 一つのいのち、一人の存在がどれほどユニークで素敵なものなのか、それを感じながらの旅路は楽しく嬉しいものです。

  数時間の交流から、泊まり込みで過ごされる方。純粋にラブフルートの響き(木々の響き)を感じて過ごして頂きたいとの思いから生まれた空間が、静かな広がりを見せ、ゆっくりと心の扉を開き始めています。
それこそ愛の笛・ラブフルートが届けてくれる大切なメッセージなのだと思っています。

  この空間が与えてくれるもの。それは静けさとやすらぎ、密やかな喜びと楽しみかもしれません。降り注ぐ光の輝きと木々の響き、小さな空間。それはこの時代のほんのわずかな時間の中に存在し、備えられた必要な出会いを待っている。

  人は言葉を尽くして、自らの意味を問い、ゆく道を見出そうとするけれど、言葉が失われ静寂の中に置かれたとき、内奥に潜んでいた心の思いが浮かび上がってくるように思います。KOCOMATSUはそんな静けさに誘ってくれる空間でもあります。

 このブログを書いているうちに、新しい年が来ました。果たしてどんな出会いが待っているのか、楽しみです。例年は吹初め以外は殆ど何の予定もないまま始まるのですが、今年は珍しく1月と3月に幾つか演奏の予定が入り始めています。5月の連休には訪ねますという連絡も入っています。

 とはいえ、殆どの時間は静けさと優しく美しい光と木々の響きのKOCOMATSUの空間は変わらず続くと思います。

 どうぞお気軽にお越しください。ご自身のアイデアでお使いください。

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# by ravenono | 2014-01-01 01:09 | KOCOMATSU