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トンコリ村 IN KOCOMATSU

KOCOMATSUにはトンコリが並んでいる。誰でも弾いてみることができる。5弦の素朴な響き、フレットはなく調弦した5本の弦を爪弾く。

この3月6日、二風谷と長沼のトンコリ作家さんたちを交えて、気ままにトンコリの響きを楽しむことになった。午前11時〜ゆるゆると集まる。

素朴な響きは、単調な印象もあるが、よくよく耳を澄ませ、響きに委ねていると不思議な安らぎに包まれる。KOCOMATSUは生音で十分響くので、トンコリのような音量の小さな楽器が似合う。

数年前にトンコリと響きあえる音階のラブフルートを吹き始めている。また、トンコリに合わせた曲も書き溜めている。風土から生まれた響きの魅力を感じる時間になるかもしれない。

個人的には伝統に沿うことを考えるというより、個の内面と繋がる響きで調弦して弾いている。それで十分楽しく過ごせる。

今回の集いから、何か新しい芽が出るかも知れない。楽しみな時間が待っている春はちょっと楽しみだ。

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by ravenono | 2016-02-25 02:30 | 響きあう

風のほほえみ

風のほほえみ 樹々のささやき IN KOCOMATSU

この夏 KOCOMATSUで合わせて3回のライブがありました。予想通り、3度目のライブは落ち着いた、少人数の充実したライブになりました。

フレームドラムの大橋翔さんとは初めてのコラボのため、微妙な呼吸のコンビネーションは最後の方でより良い形になると予測していました。その他のライブが良くなかったということではありません。それぞれの場所での独特の空間とそこに生まれる音の繋がりは良い感じで流れていました。

その中でも、KOCOMATSUに戻った8月10日、最後のライブになった時、大橋さんのエネルギーは明らかに変化していました。毎日のように、フレームドラムとラブフルートが混じり合う中で培われて来た共通の体験がほどよく溶け合っている感じ。伸び伸びとフレームドラムを鳴らす様子は心地良いものでした。

滞在中は連日ラブフルートと親密に向き合っていた大橋さん。連日のライブは少しハードだったかも知れません。ただ、それ以上の実りがあったかと思います。笛心があればこそのフレームドラム。そんな繋がり方が心地良い流れになったように思います。

手探り感のあるライブであり、これからどんな風に繋がっていくのかは未知数です。
ただ、フレームドラムのワークショップやラブフルートとのセッションを通して、フレームドラムを手にしたいと望まれる方が予想以上におられた事実。

それは、今回のライブで一番望んでいたことでした。フレームドラムの繊細なリズムを感じ、同時にラブフルートの密やかな響きに触れる時、心はそっと揺り動かされる。
それだけでいい。ことさらな反応や言葉はなく、密やかに感じる空間があれば十分。

それはKOCOMATSUという空間が大切にしてきたことです。いのちある限り、待っていることがある。そこで待っていると、未知であるけれど、どこかで知っていた未来がやって来る。

過去に捉われている間は決して見え無い、過去の記憶の中に暗示されて来た未来の記憶がやって来るのを待つ。KOCOMATSUには、そんな思いが含まれています。
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by ravenono | 2015-08-31 23:38 | KOCOMATSU

木のテーブルとKOCOMATSU

KOCOMATSUに木のテーブルを置くための準備を始めました。KOCOMATSU正面のステンドグラスの光を感じながら、ゆったりと美味しい飲み物を楽しみたいというイメージがきっかけです。

KOCOMATSUのステンドグラスを製作した石戸谷氏が、さり気なく「このステンドグラスのところにテーブルがあったらいいだろうな」と呟きました。その言葉が、ずーっと心の隅で巡っていました。

とは言うものの、スペースのイメージに合ったテーブルとなれば、簡単には手が出ません。思い描きはするものの、実現は難しいものです。

椅子の設計は比較的スムーズでしたが、テーブルは何度スケッチしても納得には至らず時間が流れました。自分の考えを実現させることよりも、作り手が納得できるものがいいという考えがはっきりしたところで家具作家の都築氏に、声を掛けました。

正直、予算が心配でしたが、KOCOMATSUのカンパ金は皆さんのために還元すると決めて活動して来ましたから、思い切ってお願いする事にしました。

カンパ金は残りませんが、新しい場が生まれます。テーブルは20代頃から拘りがありました。席を同じくすること。同じ場に並び、会話し、食事をし、飲み物を頂く。特別な空間を演出してくれるなかなかの優れものです。役割はシンプルだけれど、そこにはかけがえのないいのちの時間、共に過ごす貴重な時間が染み込み、ゆっくりと変化し続ける。

心にも身体にも優しさや寛ぎをくれる小さなスペース。心地良くて、好きになってしまい、離れ難く、また会いたくなる。言葉は無いのに、何かが聞こえてきそうなテーブル。KOCOMATSUの空間と一体化するものが生まれてくれたらいいだろうなと思う。

ただのテーブル?心が思わず、ここに居たいと感じるような場を差し出してくれる小宇宙なのだと思うのです。フリーハンドで形を描き、そのまま仕上げて欲しいなという事だけお伝えしました。はてさて、どうなるのか楽しみです。

奥さんとお子さんふたりと一緒に生きるようになって、きっと生活の空気が混じったテーブルが生まれるような気がします。

間に合わせで使ってきた折りたたみのアウトドア用のテーブルも、それなりに頑張ってくれました。人数が多い時は、助っ人で活躍してくれるでしょう。

ただ主役はイタヤカエデのテーブルにバトンタッチになるでしょう。高さを変化させ、全体のレイアウトを工夫できるようお願いしています。KOCOMATSUがさらに心地良いスペースになってくれることを願っての決断。もう計画は始まってます。
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by ravenono | 2015-02-15 18:58 | KOCOMATSU

半年近く投稿無しでしたが、KOCOMATSUでは色んなことがありました

ちょっとびっくり
KOCOMATSUのブログが9月を最後に動いていなかった…
ピンクメインのステンドグラスをめぐる投稿で終わっている。人生の歩みの中で、文字を書き込み公開するという作業は何を意味しているのだろう。

「ラブフルート日記」・「ラブフルートリング」・「KOCOMATSU」この3つのブログに加えてFBの個人タイムライン、3つのコミュニティー「KOCOMATSU・光と響きのスペース」/「コツコツリング〜タングロン支援基金」/「月夜の宴」

6個のスペースに満遍なく投稿するには、それ相応のエネルギーと時間を必要とする。内容も極力重複しないような工夫も必要になる。

今回は、KOCOMATSUで予定している小さなコンサートの案内をしようとしています。
パーカッション活動から、さらに広がりを持った音楽活動に向かっている常松将行さんとのんびりペースの
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僕。この2人の音と集われる皆さんとが、小さな空間で繋がる時間。

これまでにも2人でのコンサートは続けて来ましたが、今回も新しいスタンスで楽しんでいただけるよう準備を進めています。厳しい冬のど真ん中のコンサートは、出足も鈍るかも知れませんが、この時期だからこそお届けしたい音の世界になると思います。

KOCOMATSUを巡る光はこの時期だけの変化を見せてくれます。その空間に、ラブフルートを受取りに来られる方々やレッスンに来られる方々との素朴な出会いがあります。いつもと同じようで、何気ない時間にも見えるけれど、貴重な時間。

昨年は1年のスタートを切る前から予定が入っていたKOCOMATSUでしたが、今年は静かな感じです。この2月21日のコンサート以外は空欄です。何が待っているか楽しみです。

これから春。春から夏に向かう光の世界は初めての体験。初めての方々との出会いも待っています。初めて手掛ける木々との出会いも待っています。先日、プラタナスの木を届けましょうかと連絡が入りましたので、楽しんで待つことになりました。

心のドラムと愛の笛 IN KOCOMATSU
2月21日(土曜日) 午後2:00〜午後4:00
パーカッション 常松将行& ラブフルート 小野昭一
チケット2000円 よろしければお出掛け下さい。
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by ravenono | 2015-02-15 18:02 | ライブ案内

ピンクしか考えられない

ピンク以外に考えられない!

先日ステンドグラス作家の石戸谷氏のKOCOMATSU初お泊まりが実現しました。作家が自分の作品とじっくり向き合う機会は意外と少ないものです。

彼との気ままな会話の中で、以前から密かに目論んでいたKOCOMATSU入口のドアのガラスにステンドグラスを嵌め込むのはどうだろうかと持ち掛けました。

何と無くできたらいいんだけど程度の話を電話で持ち掛けてはいました。けれど、なかなか具体的な動きになりませんでした。時がまだ熟していなかったのです。

今年の8月8日はKOCOMATSU4周年でしたが、特別な催し物もせず静かに過ごしました。特別な呼び掛けがなくても、ふとした時に光や響きの中で過ごしたくてやって来ることができるスペース。それがゆっくりと実現し始めているのは嬉しいことです。

すでに5枚のステンドグラスが嵌め込まれたスペースに、さらに3枚のステンドグラスを設置して8枚にするのはどうだろうか…そんな話を持ち掛けました。透過する透明なひかりで十分満たされているという思いがありながらも、可能性を探って見たいという思いもありました。

そこにはKOCOMATSUの響きとひかりの世界をより豊かに感じて過ごせるようにしたいという思いがありました。

ですが、すでに全体のイメージが出来上がっている中に、敢えて何かを加えるのはなかなか微妙です。大失敗になるか、大成功か?統一感のあるステンドグラスにするか、敢えて冒険するか。

これは思った以上に緊張感のある選択です。ドアにはめ込んでしまうので、簡単に外せばいいとはなりません。むしろ、いままでのどのステンドグラスよりも身近で、開閉という動きのある場所に設置されるのです。

まずは石戸谷氏との対話から始まり、無難か冒険か、はたまた挑戦的かの選択です。これまでは、どちらかと言えば落着きや静寂さの中に心地良さが漂う印象でした。

まずは、製作に取り掛かるのか、やめるのかの決断。次は、どんなスタンスで取り組むのか。思った以上に集中し、緊張感のある時間が流れました。なんども、イメージが浮かび上がっては消えて行きました。自分なりのデザインイメージがまとまり始めた頃、連絡が入りました。

見積りが届き、どうしますか?と。色ガラスなどにお金を使わず、うまいものでも食べるとか、旅行にでも行くとか…。色々な思いはあるけれど、沈みゆく夕陽の美しさを眺めるために、自転車を走らせていた僕の生き方は変わっていませんでした。

揺らめき、満ち溢れ、移り行くひかりの中で木々の響きに包まれるじかん。その喜びと幸せを楽しむ人々との交流。

光の波を浴び、木々の響きの波を浴びるスペース。ここで育まれた感性が、新しい音色を生み出し、新しい音の流れと響きを生み出してくれるだろう…。 もう製作をお願いするしかない。そして、これまでのイメージを崩さないデザインではなく、新たなエネルギーを生み出すひかりがいい。

具体的な打ち合わせの時に、彼がひとこと「ここにはもう、ピンクしかない!」と。ショッキングピンク?!KOCOMATSUのイメージが変わる?

僕自身も、ピンクとまで言い切れないけれど、思い描いていた色彩があって、彼がそう思うのなら、それで行こうという流れになりました。

はてさて、どんな世界がやって来るのか…差し込む光の中で、躍り出したくなるのかも知れない。光を浴びているうちに、僕たちの世界の豊かさと美しさに誘なわれるような…。

勝手にイメージを楽しんで、組み込まれたら、そのひかりを存分に味わう。さらに、時々刻々と変化し、混じり合い、季節や天候とともに変化し続ける世界を楽しめることでしょう。

KOCOMATSUは静寂の中に歓喜が訪れ、新しい歌を歌い始めることになります。新しいスペースになる前に、これまで馴染んできた光の世界を楽しみたい方は、どうぞご自由にお訪ねください!
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by ravenono | 2014-09-08 19:47 | 光の移ろい

SHIMAMATSUのKOCOMATSU

今年もKOCOMATSUに宿泊し、光と響きを楽しまれる方がやって来ています。気ままに過ごす空間は、時間の感覚を忘れさせてくれます。

ゆっくりと確実に移ろう光が夕暮れのキャンドルに変わり、ふと気が付くと夜が明け始める…。

この時期はステンドの光も着実にエネルギーを増し、反射する光も力強くなって来ます。何もせず、何の響きもないはずなのに、音を感じる。或いは空間を自由に踊る響きが色彩を帯び、光のように降り注ぎ、或いは全身を包み込む。

陽の極みから陰の極みへと向かう転換点がさりげなく通り過ぎ、踏み止まることなく動き続ける世界。どこが始まりで、どこが終わりなのか…。

自分は今、生涯という短い時間のどの辺りにいるのだろうか。素朴な営みにも深い感謝や喜びを感じる事もあれば、全てが虚無の中に吸い込まれる瞬間もあります。
実は、この瞬間に物事の本質を感じているのだろうと思います。

KOCOMATSUという小さな空間で、お一人の方とじっくり対話をする機会が何度もありました。ラブフルートとは無関係に、ただ話したい、会いたいという方々との時間が何度もやって来ます。

数百人の方々の前でお話をしたり演奏することもあれば、たったお一人とお話しすることもあるのですが、僕の人生の時間配分はどうなっているのかな〜と思うこともあります。道の駅ならぬ、人の駅KOCOMATSUといった感じです。

肝心のラブフルートの方はどうかと言うと、定期的なレッスンの他に個人レッスン、遠隔レッスンなども入り混じっています。声のレッスンも大切な時間になっています。

今年はあちこち移動する機会は少なそうです。まあ、時折声が掛かることがあればお出掛けする感じですから、KOCOMATSU専属管理人といったところです。

KOCOMATSUは決まった料金体系があるわけでは無いので維持管理は不安定なのが当然なのですが、なんとか続いているのが不思議といえば不思議です。

小さな町の 小さなスペース 小さな集まり

小さな種粒みたいに

いろんな人が風に吹かれて 飛んで来たり 飛んで行ったり

数年前にアイヌエカシの石井ポンペさんがKOCOMATSUに来てくださって
歌ってました…

SHIMAMATSU の〜 ??
KOCOMATSUに〜??
いろんな人が〜?? やってくる〜??
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by ravenono | 2014-06-27 00:52 | KOCOMATSU

胡麻塩茶漬け みたいな

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雨続きの毎日でしたがライブが開かれた当日は雲間から光が差し込みKOCOMATSUに優しい初夏の風が吹き抜けました。

四季を感じてリズムが響き、木の笛が響く小さなライブ。
いつもの顔、懐かしい顔、初めての顔…。
緩やかで心地よい時間が流れました。

大切な時間を小さなスペースで過ごされた皆さんとの出会いを楽しみ、感謝の中で終わりました。

KOCOMATSU入り口脇の八角蓮は長雨を受けてもしっかり葉を広げて皆さんと交流できました。

素朴で 何気ない日常の延長線 そこにさりげなく浮かんでは消えて行くリズムと響き 差し込む光の移ろいの中で まどろみかけるひととき

とびっきりではないけれど ちょっと満たされた気持ちになれる 日常のひととき
そんな機会がこれからも ゆるゆると 生まれてくれたらいいな…

そんな思いを改めて確認できた小さなライブでした

音の響きが こんなにも深く心の奥に届いて 心を動かすものとは思いませんでした…70歳になって初めての経験でした そんな言葉を残された方がおられました。

ふと吹き抜けた風が 木の響きを連れて来て 押しても引いても 叩いても 開かなかった心の扉をそっと開いてくれる…

言葉はどれほど深くても 思考という通路を通り抜け 何らかの価値観と繋がり 相対的な反応を引き出すような気がします

ただただ注ぎ込まれ 流れ去る 響きに身を任せるとき
心がどれほど 繊細で 思いもよらぬ深さや広がりを持っており
存在する全てとひとつになっているかを予感させてくれる…

その片鱗を感じるだけでも 十分幸せで 喜びが湧いてきます

僕は飽きもせず
愛を現すために 木の笛を与えられたのか
なぜ言葉ではなかったのか
なぜ自らを照らし出す鏡を見せられたのか

心を巡らし
気づいたことを ぽつりぽつりと 話して見たり
並んでいるラブフルートを手にして 息を吹き込んだりしています

胡麻塩を振りかけただけの お茶漬けみたいな ライブに来てくださったみなさんに心から感謝しています。
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by ravenono | 2014-06-18 12:30 | KOCOMATSU

KOCOMATSUの森・乾杯を終えて 次のステップへ

KOCOMATSUの森・タングロンで乾杯を終えて、僕の中に残っている思いを簡単に書き留めて見たいと思います。

入れ替わり立ち替わりで17名(2名は日にちを間違えて翌日に来られました!?がちゃんとお話をしました)でした。急遽来られなくなった人、予想していなかった参加者。

色んな考えが伝わって来ました。そもそもこういう集いに参加される皆さんの存在が嬉しい集いでした。真剣な時あり、笑い声いっぱいの時あり、音楽に包まれる時間あり、持ち寄りを分け合って頂いたり、タングロンで乾杯したり、ドルチェでカフェ・オ・レ頂いたりで、最終はそれなりの遅い時間になりました。

東北に関するこれまでの経緯、現在の状況の一部紹介、今後の予定などを含めてお伝えできたかと思います。ロングスパンで現状を捉えること、同時に現実をよく見ること、具体的な行動に結びつく生き方などなど…。

様々な視点から生まれる言葉の重要性を感じる時間でした。それぞれの今の思いこそ現実そのものです。命がそこに集って、思いを告げる。その思いが、震災後の状況や放射能汚染と共に存在しているのです。

それと同時に、被災地の皆さんが苦難の中で自分の命を保ち、生き抜こうとしている姿があります。当然のように、様々な考えや感情が湧き起こり、溺れそうになったり、絶望的な思いにもなることでしょう。

それは震災があろうが無かろうが、人生に待ち受けている現実の一部です。今回の報告に、崎山地区のご婦人たちが笑顔でインディアンドラムを叩きパワフルに過ごした時の写真を掲載しました。

僕はこのブログを書こうとした時に、彼女たちの姿を思い出したのです。腰が痛い、足が痛い、肩が上がらない…そう言いながら集まって来た皆さん。

愛する人を失い、慣れ親しんだ家も財産も呑み込まれ、命からがら逃げ出し、仮の家で先の見通しもなく生活されている方々。そんな皆さんを支えるために尽力しておられる方々。

その方々が、笛の音に心を寄せ、一緒にドラムを叩き、手拭いを手に踊りだし、満面の笑顔で過ごされたのです。

今頃になって、僕は涙が止まりません…。うなだれ、嘆き、引きこもり続けたり、命を絶っても不思議ではない中で、生き延び、集い、声を上げて歌い踊りだした皆さんの笑顔。ハツラツとした掛け声。

思い返せば東北での20数回のラブフルートとドラムの演奏は、人生の大きなギフトであり、勇気を分けて頂く旅でした。

何が出来るではなく、生きて出会い触れ合うことそのものが必要なのだ…僕はそんな思いで、次のステップの準備を始めています。

宮城県角田市で市民放射能測定室を設け、子供達の為に尽力しておられる池田氏をお呼びして、今現在考えていることを伝えてもらおうと計画しています。

そこでは池田氏も含めて、それぞれの思いを表現し、交流したいと思っています。
東日本大震災は僕たちそれぞれの人生の一部です。その中でどう生きてゆくのか。出会い集う命の中で、改めてそれぞれの思いを感じ、動き出す時間になればと思っています。7月18ー19日(長沼町 ポエティカ&恵庭市島松 夢創館)

企画された平松さん、集われた皆さん、集えなかったけれど心を寄せてくださった皆さんに心から感謝します。
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by ravenono | 2014-05-29 00:52 | KOCOMATSU

KOCOMATSUの森・タングロンで乾杯

KOCOMATSUの森・タングロンで乾杯 2014年5月24日 午後1:00〜
このプランは、平松美樹さんから持ちかけられました。東北の支援活動の報告を含めて、今後のために何が出来るのか…そんな話題を通して、様々な思いを語り合おうという自由な集いです。

僕はその中で、ほんの一部分お伝えできそうなことがあれば良いかなと思っています。何よりも大切なことは、大半の方々が東日本大震災のことを話題にすることを忘れかけている現実を批判したり嘆くのではなく、一人一人が自分自身のこととして現実に向き合おうとする事だと感じています。

現地では、私たちのことを忘れずに覚えていてくださることが何よりも嬉しいと感謝の言葉を届けてくださいます。忘れずに心に留める。それは愛することの大切な印でもあると思います。困難の只中におられる方々が、少しでも安らかに眠り、喜びや慰めを見出せるように…心から思い、祈ること。

僕は何をするよりも、そうした思いをはっきりさせる事が生きて行く土台なのだと思います。そこから具体的な行動が生まれて来る…。それは思考や価値観、同情や感情でもなく、心の底から生まれて来るものだと思っています。

今回のような大きな出来事に直面しても、地にひれ伏して、天を仰ぐ指導者は見出せず、権力関係の狭間で生き延びようとする自我の叫びが弱い人々を追い詰めてしまったような気がします。

メディアという媒体が只中の人々の現状や願いを十分に伝達し、バランスの取れた情報を提供してくれたのだろうか?不都合な現実は制御され、混乱を招く危険を理由に纏められた情報は、本当に必要とすることから目をそらさせていたような気がします。

そんな現実の中で、自分の目で確かめ、直接対話し、変化し続ける状況にこまめに根気良く対応し続けることの大切さを感じます。

まずは現状の一部ではあるけれど、それを知ろうとすること。そして、自分自身の心に浮かび上がることを確かめ、伝え合うこと。この大切な接点の一つとして、今回のような動きは大切だと思います。

一人でも、そのような思いを抱いて足を運ぶ人がいるなら、そこから新しい流れが始まるのだと思います。取り分け、若い世代の中から新しい流れが始まる事を楽しみにしています。

タングロン支援基金の活動は、新たな転換点に向かって舵を切ろうとしています。その小さな可能性の一つが、KOCOMATSUの森・タングロンで乾杯だと思います。このプランに続いて、7月もしくは8月には、その拡張プランを準備中です。

さらにそこから現地に向けた活動の準備も始まります。タングロン支援基金の理解者や賛同者は、当初のような勢いはありませんが、それはごく当然のことと思います。それと同時に、地道に支えてくださる方、タングロンの購入者がおられることも事実です。

淡々と現地の子供達や必要を覚えている方々に、野菜を送り続けておられる方。コツコツと密かに支援基金を届けたり振り込んでくださる方もおられます。

若い方々の動きが少しでもあることは一つの希望の種です。僕が、平松さんの活動のことをFacebookでシェアしたとき、ただの自慢をしているだけだろうみたいな心ないコメントがありました。

自分では指一本動かさずに、批判めいた言葉に終始する存在。面白いもので、この類の人はどこにでも現れます。実態を知ることなく自分の認識を正当化する人は執拗に同じことを繰り返しながら生きようとするでしょう。むやみに噛み付きながら、決して満たされることの無い自分の空虚さに気づく事があれば良いのですが…。

そうした存在は活動の現場にも、姿を変えて現れることがあります。光と闇は交錯しながら僕たちの世界を巡って獲物を探しています。賢く黒い影を退け、光を掲げて、一人の大切な命が守られるように黙々と道を歩く。その旅を支え、あるいは共に歩く友との出会いを感謝しながら、タングロンで乾杯する日を楽しみにしています。

美樹ちゃん。数は集めなくてもいいからね…静かに自分に出来ることをじっくり続けて行こうとする人が一人でもいてくれたら嬉しいけど…思いを行動にする大切な一人がいてくれれば、十分です…

天に向かって、自分の心に示されたことを明確にし、立ち上がり、行動する。それだけです。月夜の宴から、もうすぐ一年になろうとするけれど、あの時もそうでした…

笛の音に涙を流し、ドラムの響きに踊りだし、一緒に声をあげて歌ったみなさん。元気な子供達の笑顔。その活動を理解し支えてくださったみなさん。その大切な出会いの記憶を胸に秘めて、次の道を辿るために手を添えてくださるみなさんとの歩みに感謝します。
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by ravenono | 2014-05-09 01:48 | KOCOMATSU

ココマツ、マメマツ、デアイマツ

ここのところブログもSNSも豆づくしになっています。集中して取り組みながら食生活の基盤を軌道修正し、新しい生活を楽しめるきっかけになればと思っています。

イベント風というよりも日常の楽しみとして気軽にというスタンスでつぶやき、来れる方がおられればいいかなと思っておりました。

天候も今ひとつでしたが、体調不良で断念された方やイベントが重なった方など、日常の断片を知るきっかけにもなりました。来るつもりで来られなかった…こうした潜在参加者が次のステップに繋がって行くのでしょう。

ひとりの存在の豊かさを知り感謝する時間が何よりも嬉しい。これが土台です。
一粒の豆がどれほど豊かな実りをもたらすか、ひとりの存在がどれほど貴重で実りの種を持っているか。

それぞれの豆料理、知恵と工夫と日常を垣間見たり、発想力に感心したり。豆運びレースの意外な展開や豆アートでうかがい知る個性など、豆を囲み、豆に囲まれながらの談笑は心地良いものでした。

豆どころの十勝まで出向いたり、豆に関する本を集めて読む楽しさも味わいました。豆を通して世界の広がりを知るのも楽しいものでした。

豆は大地の宝石。個性あふれるデザインに触れていると、人間が主張し表現するものとの違いがはっきりと浮かび上がってきます。

大地に蒔かれた豆たちは、地球の運行と天候と共に密かに個性溢れるデザインをして僕たちとの出会いを待っているわけです。豆を一粒一粒眺めるほど暇じゃない?

いえいえ、自然が生み出した豆の文様が届けてくれるメッセージには、使い古したデータを並べ替える作業からは生まれることのないヒントが詰まっているように思えます。

調理の仕方は思考、価値観と密接に繋がっていますから、豆のようにある程度忍耐や根気の必要な料理では自分がよ〜く浮かび上がってきます。

また、知識や情報との関係も良く分かりました。自分が知っていること、自分のやり方がどのようにもたらされたかを辿ってみると、さほど深い根拠があるわけではないことがしばしばです。

意外と簡単にというか、有る意味安直に受け取っていることが少なくありません。これは豆に限らず、様々な事柄との関係にも見受けられるような気がします。

僕が豆のことを実行しようとした根元には、大地や空気や水が汚染されて行く被災地を中心にした一連の流れとどう向き合って行くのかをしっかりと認識し実践する必要を感じているからです。

魚や肉よりも優れた養分が溢れている豆や野菜たちを、震災や原発事故後に展開する新しいスタンスの生活で重要な役割を果たしてくれるだろうと感じているのです。

そこでは、豆が美味いという楽しみや喜び、豆はこんな風に調理すると良いんだけどなぁという情報や実践が必要になるだろうと思うのです。保存性も良く、成人病の類を予防する栄養素いっぱいの豆。

豆大好き、美味しいよ人間たちが、豆のデザインのように個性的に点在し、繁殖するのを見ること。それもまた人生の楽しみのような気がしています。

ということで、豆を楽しむ集まりは、不定期にやりたいな〜という思いとともに生まれてくればいいなと思っています。ココマツ、マメマツ、デアイマツ…。
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by ravenono | 2014-03-23 11:52 | KOCOMATSU