心が建てたKOCOMATSU

 KOCOMATSUでの過ごし方は自分で見つけるのがいいなと思っていましたが、少しずつ、じっくりたっぷり自分時間を楽しまれる方が現れています。先月には一枚の絵が届いて、空間のイメージが豊かになりました。

 その絵の流れが、次の流れになったのか、KOCOMATSUで丸一日、あるいは半日、絵を描いて過ごされる方がやってきました。時折、ぼーっと差し込む光とステンドの輝きを眺めたり、何気なくフルートを吹いてみたり、声を出して楽しんだり、ドラムを叩いてみたり、ハープを弾いてみたり....。

 何もない小さな空間に居ると、プラスでもマイナスでもない自分が自然に浮かび上がってくる不思議な感覚があります。この空間が、純粋な心が合わさって作られている事と関係があるのかもしれません。

 KOCOMATSUは、確かに自分に与えられたお金を使って出来上がったと捕らえることもできますが、率直云って、お金に限らず、人生に与えられているものは、どれも自分のものなどではないという感覚があります。

 実生活は常に危なかしい状態で、今年はとりわけフルートの注文も激減していますから、転職の道も考えた方が良いかなと思うことも何度かありました。それならKOCOMATSUなんて建ててる場合じゃないだろうというのが常識的かと思います。

 ただ、どんなに大変な状況でも、本当に心底大切だなと思っている事のために生活を切り詰め、コツコツ小銭を蓄えて10数年。ライブやフルートから生まれたものの一部を積み上げて来ました。格別な能力はないけれど、コツコツ地道にという性質があるようで、それがKOCOMATSUに繋がった訳です。老朽化した自宅の改修が先だろうという声もありましたが...。

 風に吹かれるようにKOCOMATSU建設が始まってみると、大切なことだよな~と思っている事に心を寄せ、思いを寄せ、具体的に関わってくださる方がたが現れて、普通じゃやらないことをさーっと行動に移されて、全体がまとまりました。

 そういう場所ですから、自分なりに全力を尽くし、与えられていたお金はすっからかんで、先行き危ないな~という状態なのに、どこか爽やかで純粋な雰囲気があるのです。ほんとに心の純度の高い人たちと出会って、その思いが具体的な形になったんだと思います。

 微々たるお金しかなかったのに、気がついたらずいぶん立派になってしまったのです。お金持ちなんだ~と思われたら困るという皮肉な感じもありますが、ライブとフルート作りの生活では間違ってもお金持ちにはならないのです。
 
 というわけで、KOCOMATSUはみんなの純粋な心が合わさってみんなで作られ、生まれて来たのでした。その心の思いや流れを受けて、KOCOMATSUは使用料金を設定せず、それぞれが心に思うカンパで維持するスタイルを取っているのですが、冬を乗り切るのはちょっと厳しそうです。

 フルートを吹きに来たり、絵を描きに来られた方々の姿を見ながら、思わずこれまでの流れを振り返ってしまいました。改めて、KOCOMATSUに関わってくださった方々、訪ねてくださった方々、ライブなどに来て下さった方々に感謝します。

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by ravenono | 2010-10-13 11:53 | KOCOMATSU
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