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アイヌ長老と12時間

アイヌエカシ石井ポンぺさんの個性は服装にも、楽器にも、お話にも一貫して現れています。トリックスターとして世界を駆け巡っていることを思えば、納得です。

 「私が演奏しているのは、トンコリではなく、ポンコリだ」と言います。確かに調弦も個性的。ポンコリには波の音が隠されていて、良い頃あいのところで聞こえてくる。南米のレインスティックのようなピン(針や釘)を仕込んではいないので、実に素朴な響きがします。

 ポンコリはかなり個性的な作り方をしています。皆を楽しませ、喜ばせる仕掛けが嬉しい。伝統的なアイヌの世界とは似ても似つかないものが飛び出してきます。

 ポンコリの調弦とポンぺさんの歌が抜群の調和を見せてくれます。木の皮を使った胴体からは、良い響きが聞こえてきます。独特の節回しで、どんな曲もポンぺ風に変身します。時代を見つめた鋭いメッセージも聞こえてきます。その世界に身を投げ出して居ると、生きて行く楽しさと喜び、そして深い悲しみと痛みが混じり合いながら心に届きます。

 ポンぺさんは、KOCOMATSUの響きや雰囲気を気に入って、心地良さそうにポンコリを弾き、ドラムを叩き、歌いあげてくれました。

 自然との繋がり、人としての生き方を生身の純粋のアイヌから直接感じ取る。何も考えず、捕らわれるものも、生活の事も忘れ、一人の少年になって一緒に旅をしてみたい。知っているはずの事も、未知の事もひっくるめて....。

 学びでも教えでもなく、知識や情報でもなく、生きて関わる時間の大切さを思います。セミナー、講座、資格がいっぱいの時代が、どんな社会を作り出しているのか。根本から、そのあり方を見つめ直さなければ、人は多くの知識を持ち情報を得ながら疲弊する矛盾を抱え続けるでしょう。

 行動の背後で金銭的計算をすれば、どんなに良いものであっても、純粋な意識から遊離していくでしょう。ビジネや経済という概念がどんな価値観や社会から生まれて来たかを吟味すれば、自ずと結果が見えてくるように思います。一律の金額は、個々人にとって全く違った意味を持つだろうし、もっともそれを必要とする人が、遠くに追いやられてしまう状況に目をつぶってはいけないと感じています。

 こういう事に関しても、ポンぺさんには明確な基盤があり、それが自由な生き方を持続させているのだと思います。今回の集まりはその点で、実に自由で楽しいものになったと思います。

 それぞれが作ったイタドリの笛とポンぺさんの音楽が混じり合い、自由な会話が生まれ、何が飛び出すか分からない時間が楽しかった。やがて、そのまま食事会になり、しばらくたってからアイヌと和人の深くて暗くて長い道のりに関する話が始まりました。

 言葉数が多くなかったからこそ、重い痛みを伴う風が吹き始め、それは朝鮮民族に対する流れと繋がり、差別と屈辱と苦悩、葛藤と戦いの現実へと向かいました。それは表立って語られはしないけれど、どんな文献よりも生々しく、はっきり記憶し語り告げられるべきものだと思います。

 8時か、遅くても9時には帰ると言っていたポンぺさんが、最終電車ギリギリまで楽しく自由に過ごせた事が何よりでした。僕らは思いつくままに歌い、声を上げ、手を叩き、談笑し、彼を見送ってからも会話が続きました。
by ravenono | 2011-07-30 15:41 | KOCOMATSU
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