人気ブログランキング | 話題のタグを見る

二人の長老との出会い

 この季節ならではのKOCOMATSUのステンドグラス。午前中に差し込む光が、水の流れを思わせ、木の揺らぎと重なる陰影が美しい。水や流れの美しさをステンドの光を通して新たに感じる時間の貴重さを感じます。

 空気も水も太陽の光も食べ物も、僕たちの命にとってなくてはならないものだけれど、なくてはならないものにどれだけ意識的に感謝しているだろうか。形式をとっても実質が伴うとは限らないけれど、心の伴う形には意義深いものがあるように思います。

 形が心をいざなって豊かさを生み出すこともあるのだと思います。そんな気持ちはなかったのだけれど、手を合わせる人につられて真似てみて、はっと気がつくこともあるのだと思います。

 ご高齢の女性が、太陽に向かって手を合わせる姿を見ながら、年を重ねたからこそ感じることがいっぱいあるのだろうと強く感じた記憶があります。

 以前にも触れましたが、アイヌエカシとの交流で感じた感謝の祈りの手の動きが、いまも新鮮な感動を生み出してくれます。手を合わせる事には、心を一つ所に集める求心的な要素が感じられます。そこには暗黙の上下関係が生まれ、その姿勢は権力の正統化と結びついてきました。これに対して、両手をわずかに広げ、手のひらを自分の方に向け、ゆっくりと手前に動かす行為は、広い世界自然との一体感が湧きおこり胸が温かくなります。一緒に生かされている、生きているという感覚が引き起こされるのです。

 これは神仏を拝むような方向性ではなく、全体性、一体感を伴います。いつ、どこにいても、この手の動きが周囲との一体感を感じさせてくれるように思います。拝むもの、拝む場所を必要としない、その自由さと豊かさから受け取るものは大きいと思います。

 今年は、アイヌの長老石井ポンペ氏に続いて、アラスカインディアンの長老ボブ・サム氏との出会いがありました。その体験は、これから意味を持って展開していくのだと思います。

 この二人に共通していたのは、両手の動きでした。イタドリの前で跪いたアイヌの祈りで感じたことが、先日の厚真でのボブ・サムの踊りの時にもあったのです。ボブは、ドラムと声に促されるようにステージに上がってきて踊りました。そして、輪になって踊り始めた皆さんの方に向かって、何度も何度も手を広げ、皆さんの魂が自然と一つになって喜びに満たされるように祝福していました。

 その姿はとても印象深く、彼がストーリーテーリングを続けている大切な役割を再認識させてくれました。その数日後、「かぜがおうちをみつけるまで」というボブの絵本が手元に届きました。それは静かなと息のような、小さな絵本ですが、彼の後書きも含めていつまでも心に残る一冊になりました。深く広く豊かな世界との繋がりを、わずかな言葉で感じさせてくれます。

 説明的な言葉がそぎ取られ、物語そのものが、気が付けば心を支え、向かうべき道へと促してくれる。そういえば、アイヌエカシ、ポンぺさんの歌もメロディーもそうでした。それは、両手を広げて存在する全てのものとの繋がりを感じることと繋がっているのでしょう。

二人の長老との出会い_d0178682_13585478.jpg

by ravenono | 2011-08-27 13:59 | KOCOMATSU
<< しぜんのなかで  いのちと愛を... KOCOMATSU一周年感謝会... >>